《始まった学校給食と不味かった脱脂粉乳(ミルク)》  
給食写真

学校給食風景 
学校給食は、昭和22年(1947)1月20日に始まりました。日本の連合軍司令部が子供達に栄養を与えようと始まったのです。アメリカの慈善組織ララ(LARA)が援助物資を送ってきました。最初は東京、神奈川、千葉の3都県(児童数25万人ほど)で試験的に始められ、のちに全国的に拡大していき、全国の都市部300万の児童が対象になりました。

子供の栄養を考えて、「小麦」か「ミルク」のどちらかを選ぶことになりました。背を伸ばすため動物性タンパクを与えようとの結論から、アメリカの民間団体やユニセフからの寄付で、「脱脂粉乳」という粉ミルクが提供されることになりました。

私の記憶では「大変不味い」という思い出しかありません。私だけでなく、ほとんどの人が不味いといっています。何故でしょう、最初は、アメリカから「生のままミルク」を運ぶ予定でしたが、船で運ぶと腐ってしまうため、脱脂粉乳という粉ミルクになりました。当時の製法では、不味いものしか出来ませんでした。今だったら絶対飲みませんね。昭和33年(1958)より牛乳が出されるようになりました。

この脱脂粉乳を生徒の人数分作ったものが給食に出されました。給食係りが大きなアルミのバケツで教室に運び、ヒシャクでひとりひとりのカップについでまわりました。(1人分の脱脂粉乳は、22グラムのミルクを180ミリリットルのお湯で溶いたのものです)

次ぎに、主食はコッペパン。アメリカから提供された小麦を使い、大きくて太い、ずんぐりしたコッペパンを作ったのです。コッペパンは日本が作り上げたオリジナルのパンです。これに紙に包まれたマーガリンやジャムも付くようになりました。

昭和25年(1950)より、「パン、ミルク、おかず」の完全給食が始まりました。献立例、「コッペパン、脱脂粉乳、ポタージュ、コロッケ、せんキャベツ、マーガリンやジャム」。(資料によれば、昭和31年頃からおかずが増えたようです)

「おかず」と言えば思い出すのがクジラの揚げ物です。今では口にすることはありませんが、当時は貴重なタンパク源でした。しょうゆ味だったように記憶しています。また、魚の肝臓をゼリー状にした「肝油」と言う栄養補助食品もあったように思います。給食用の食器はアルミニウム製の粗末なものでした。(写真 岡崎照幸氏・蔵)


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