『馬込と大田区の歴史を保存する会』について
 
  武蔵国荏原郡には、奈良地代に造られたと考えられる古東海道の駅がありました、駅に馬を提供するため、馬込九十九谷で放牧が行われたと思われます。鎌倉時代には、古東海道は『下の道』(しもの道)と言われ、鎌倉から奥州に向かう重要な街道のひとつでした。鎌倉から朝比奈峠を越え、金沢八景、保土ヶ谷、多摩川を丸子付近の「平間渡し」で越えました。これより平間街道(旧池上道)となり、山王から高輪に至りました。平間街道沿いには、源氏の由緒を持つ伝承や史跡も数多くあります。日蓮宗の開祖日蓮が身延山より常陸の国を目指し招きにより、池上にある池上右衛門大夫宗仲の館を訪ねました。この時、日蓮は平間渡し付近から、沼部大坂(旧中原街道)を経て千束池に至り、北馬込あたりから馬込村を通過して池上に至ったとの説もあります。大田区馬込近辺には古道や貝塚、横穴墓等がある歴史ある所です。

 江戸時代になり海岸沿いに東海道が造られると、平間街道は東海道と中原街道をつなぐ往還道として、池上本門寺や鵜ノ木光明寺などの寺社参拝の道として利用されました。私達はその様子を『江戸名所図会』や歌川広重などの浮世絵や大正時代に活躍した川瀬巴水、高橋松亭の「新版画」によって知ることが出来ます。
 
 いま私達は、大田区や住んでいる馬込近辺の変貌を文字記録だけでなく、映像記録も後世に残す事をやらなければいけません。大正・昭和時代の人達が鬼籍には入られると、その時代を記録した写真も失われ、時代記録の空白が出来てしまいます。その気持ちから、『馬込と大田区の歴史を保存する会』を立ち上げました。会の趣旨に賛同して頂き、入会をお願い致します。大田区公認の『区民活動団体データーバンク』に登録して活動致します。活動義務などや会費はありません、唯一のお願いは、古い写真等の情報を提供して頂くことです、個人情報は順守いたします。入会希望、お問い合わせはメールをお送りください。


    『馬込と大田区の歴史を保存する会』事務局
       大田区西馬込2-3-7 電話・03-3777-7427 樋口和則 メールを送る

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